3人のアーティストの例から。

アートビジネスの時間です。

ここでは、紀伊国屋書店『巨大化する現代アートビジネス』(ダニエル・グラネ、カトリーヌ・ラムール著)を参考にしながら、アート界の仕組みや覚えておくべき重要な人物を勉強していくページです。

たいへん、たいへん高額な現代アート作品たち。

どうして、だれが、なにが、アートをこんなに高額にしているのか。

《ファブリス・イベールの例》 フランスで、フランスの制度に対して疑問を投げかけたアーティストがいます。それが、ファブリス・イベールです。

イベールは、学生の時、フランティシェク・クプカのオマージュ[口紅の平方メートル]を制作しました。10年後の1991年には、リヨン・ビエンナーレの[世界最大の石鹸]を制作しました。また初期の[ホメオパシー]は制作中に頭の中で起きるメンタルな動きを図解した作品です。彼のこの仕事は、フランスの伝統的なイーゼル絵画に反したものとなりました。イベールは、日用品を本来の目的からずらした作品を制作しています。オマージュも多くつくっています。

フランスでは1980年代には芸術基金が設立されました。アーティストは助成金のために作品をつくるようになったのです。ただ、イベールはその姿勢は自分には合わないと感じていました。国から支援される身分になるのはよくないと思っていたのです。また、日本では、一般人は誰もアーティストに期待していないことに、彼は学んだそうです。アーティストは自身の力で生きなければならない、と。

たしかに、当時は1990年代~2000年ごろというのはアートに対して日本は今より関心がなかったでしょう。しかし、現在では国の支援制度もだいぶ増えています。助成金に関しては、肯定派と否定派に分かれます。だから難しい問題でもあります。アーティストにはお金が必要です。しかし、稼ぐのは大変。そこで助成金がもらえたら大変助かるのも事実なんですよね。

「アーティストは、仕事の手を休めない旅人」とイベールは語ります。

◎ファブリス・イベール:アーティストで、起業家で、アートプロデュサーともいえる。 ●リヨン・ビエンナーレ ●Frac:フランスの現代アートの地域基金。メンバーは、教育組織や各協会の代表が多い。  ●ヴィラ・メディチ:フランス芸術アカデミー。 ●UR社:イベールが設立した会社。自分や他のアーティストの商業的とは言えない作品を売る会社。 ○フランティシェク・クプカ ○ハンス・ウルリッヒ・オブリスト

●ミシェル=エドゥアール・ルクレール:スーパーマーケット「ルクレール」の代表。イベールのプロジェクトに協力した。 ●ギュイ・トルトザ:ペイ・ド・ラ・ロワール地方の基金責任者。 ●ベルナーレ・マルカデ:美術評論家

《王度(ワン・ドゥ)の例》 王度は中国の彫刻家で、国際的なセレブでもあります。 彼は1965年~1976年に起きた、文化大革命の間に成長した世代でした。

彼は、自分のやりたくないことはわかっていたそうです。だから、アカデミズムや社会主義リアリズムから距離を置いていました。彼には作品を披露するネットワークがありませんでしたが、美術評論家のホウ・ハンルーと出会い、当時展覧会コミッショナーの実習生であったヴィルポワによって展示の機会を得ました。ハンルーは、オブリストとともにアートの多様性を示すための活動をしており、ワン・ドゥに力を貸すようになりました。

1997年には、ユベールが彼の作品を買いました。数十万という決して高くはない値段でしたが、ユベールのギャラリーに作品が展示されたのは彼にとって名誉なことでした。 また、ヤン・ペイミンがブリュッセルにあるギャラリー「バロニアン=フランセイ」に紹介し、契約を取り付けました。そして、フランスの現代アートセンター「ル・コンソルシウム」に招待させました。

〈キーワード〉 ◎王度(ワン・ドゥ):シンディ・シャーマンの影響を受ける。 ●バロニアン=フランセイ:ブリュッセルのギャラリー。 ●ル・コンソルシウム:フランスの現代アートセンター。1982年に文化省が設立。展覧会にはパリのギャラリストがよく顔を出す。 ●エール・ド・パリ:ワン・ドゥの作品に興味を示す。 ●ギャラリー・ぺロタン:ワン・ドゥの作品に興味を示す。 ●パレ・ド・トーキョー:パリの国立アートセンター。

〈重要人物〉 ●ホウ・ハンルー:中国の美術評論家。 ●アンヌ・ド・ヴィルポワ:ギャラリスト。 ●ハンス・ウルリッヒ・オブリスト ●ピエール・ユベール ●ヤン・ペイミン ●ローラン・ゴダン:ワン・ドゥのギャラリストとなる。 ●ハラルド・ゼーマン:1999年のヴェネチア・ビエンナーレで、企画展の参加アーティストを決める全権を握る。 ●シモン・ド・ピュリー:大物競売人。競売会社フィリップス・ド・ピュリーを経営。 ●ニコラ・ブリオー ●ジェローム・サンス

《ヨナ・フリードマンの例》

フリードマンは、もともと建築家です。 彼は「建築は建築家ではなく、利用者に仕えなければならない」という考えを持っていました。それゆえ、建築業界では孤立していました。そのため、1970年代~1980年代は海外に制作の拠点を移さざるを得なかったのです。そして、国連で仕事をし、インドの女性政治家、ガンジー、国連の支援を受け研究所を設立し、発展途上国の集落のあり方について研究をしました。成果を冊子にまとめ、誰でもわかるように建築のかたちを様々に図解しました。

フランスで知られるようになったきっかけは、スイス人のハンス・ウルリッヒ・オブリストでした。オブリストは、美術評論家のホウ・ハンルーとともに企画した国際的な展覧会[動く都市]でフリードマンを紹介しました。そして、オランダの建築協会から個展の依頼があり、2000年代に理論派アーティストとして表舞台に出ることとなりました。2007年の上海ビエンナーレや2009年のヴェネチア・ビエンナーレにも出品しています。

フリードマンが外国人の手によって有名になったように、今、アートもグローバル化しています。グローバル化は、アーティストに新たな機会を生み出しましたが、広い世界を把握する難しさがあります。目標の喪失、不安を生み出す源泉となり得ることがあるのです。

〈キーワード〉 ●イン・サイチュ:パリのギャラリー。 ●カメル・メヌール:パリのギャラリー。 ●マウリツィオ・カテラン:イタリア人現代アーティスト。 ◎ヨナ・フリードマン

〈重要人物〉 ●マリー=ロール・ベルナダック:ルーブル美術館の現代アート部門の学芸員。

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